【要旨】
▪ タイの雨季開始(5月21日)から3か月が経過しました。エルニーニョ現象の収束と雨季開始に伴い全国的に降雨量が大きく増加したことから、前年から継続していた渇水懸念は概ね解消されましたが、一方でChao Phraya水系の主要ダムやタイ東部地域の貯水池などにおいては貯水率が急な増加傾向に転じており、今後の貯水量および放流量増加状況の注視が必要です。
▪ タイ北部や北東部、東部エリアの一部においては、雨季開始以降の降雨量増加により平年を大きく上回る累積降雨量となっており、特に東部地域周辺では7月後半から8月初旬にかけて鉄砲水などによる多数の洪水の発生が報告されています。
▪ タイ気象局(TMD)は、タイ全体の8-10月の総降雨量が平年よりも5%程度多くなると予想しています。雨季の終了までは、河川・水路の付近や低地では洪水発生への警戒が必要です。
降雨量
下図 は左からそれぞれ、2024年1月1日~8月19日における累積降雨量(左図)、2023年1月1日~8月19日における累積降雨量(中央図)、2024年1月1日~8月19日における累積降雨量と平年値(過去30 年間の平均値)の差(右図)についてのタイ国内の分布を示しています。
8月19日時点の年初からの累積降雨量を昨年同時期と比較すると、南部などの一部エリアを除いて全国的に昨年を上回る降雨量となっています。特にBangkok近郊含むChao Phraya水系全域および東部地域において大きく増加しています。平年値との比較では、タイ北部、Bangkok近郊含む中央部の一部、東部地域において平年値を上回っており、南部地域などでは平年値を下回っている状況です。
2024
年雨季後半( 8 10 月) の 降雨予測概況
タイ気象局( TMD: Thai Meteorological Department が 2024年 7月末に発表した
3か月予報によると、 8月~ 10月の 3か月間の 総降雨量は、 全国平均では 平年 より
5 程度 多 くなる と予想されています。地域 別 の推定降雨量は次のとおりです。
北部 550-650 mm (平年値 577 mm)
北東部 600-700 mm (平年値 636 mm)
中央部 550-650 mm (平年値 571 mm)
Bangkokおよび周辺 800-900 mm (平年値 782 mm)
東部 850-950 mm (平年値 856 mm)
南部(東海岸) 500-600 mm (平年値 531 mm)
南部(西海岸) 1,200-1,300 mm (平年値 1,217 mm)
下記に、 2024年 7月末に TMDが発表したタイにおける月別の降雨量の平年値からの差異に関する分
布図を示します。 8月は北部と東部でやや平年を上回る降雨量が、 10月は広い地域で平年を上回る降雨
量が予測されています。 また、 9月にかけて は熱帯低気圧 の 接近 による 更なる 降雨量 の増加も懸念 されて
います。
エルニーニョ現象の収束と ラニーニャ現象への移行
エルニーニョ/ラニーニャ現象は、 太平洋赤道域の 中部および東部における 海面水温が平年より高くな
る/低くなる 状態が 数か月~ 1年程度継続する 現象です。エルニーニョ 現象および ラニーニャ現象は、 タイ
や 日本を含め世界中の異常な天候の要因となり得ると考えられています。
タイなど東南アジアにおいては、エルニーニョの 発生 期間は高温と少雨による乾燥状態となる傾向にあ
り、ラニーニャ現象の期間は低温と降雨量の増加が発生する傾向にあります。 TMDが公表した調査結果に
よると、 1951年から 2000年 までの 50年間 における 月間降雨量と気温の データ を分析したところ ラニーニ
ャ が発生した 年 はタイの降雨量が平年より多くなり 、特に 夏季から雨季の前半にかけての期間は他の時期
よりも明確に雨量が増加し、雨季の後半の影響度は少ない傾向 となったと報告され ています。また、 ラニ
ーニャ現象は降雨量よりも気温に与える影響 の方が 大き く、重度のラニーニャとなると平年より大きく気
温が低下する傾向にあるとされています。
下図は、アメリカ海洋大気庁( NOAA)公表の、過去のエルニーニョ/ラニーニャの発現指標となる ONI(海洋ニーニョ指数)の 2020年以降(下図)の推移状況です。 ONIが 0.5以上となる期間が継続するとエ
ルニーニョ、- 0.5以下となる期間が継続するとラニーニャの発生を示します。
直近では 2023年中盤から 2024年前半にかけてエルニーニョが発生していましたが、 ONIは現在低下傾
向にあり、 2024年中盤では ONIは中立状態となっています。 NOAAは、現在中立状態に ある気候状況は
今後ラニーニャへの 移行 が本格化 し 、少なくとも年末まではラニーニャが継続する確率が高いと予想して
います。 タイ( TMD)、日本(気象庁)、オーストラリア BOM)等の気象機関も同様の傾向の予測を発表
しています。 NOAAの 最新 の予測では、 7-9月 の 平均海面状況は 中立状態である可能性が 80%超となるも
のの、その後 6か月間程度は 50%近くあるいはそれ以上確率でラニーニャが発生する と予想しています。
タイ政府による2024 年後半の気候予測および雨季への対策取組状況
TMDは、ラニーニャ現象が 7月から 9月にかけて 既に開始し 、 年末から年明け まで続くと予想してい
ます 。 ラニーニャの影響により 今年後半は 降雨量 が増え、昨年に比べて 冬季( 12月頃) の気温は低くな
る と予想されます。タイ 国立水資源局( ONWR: Office of the National Water Resource)は、他の関連 行政
機関とともに、 2011年の洪水 のような大規模被害 が再発しないよう 、 降雨量、気候条件、熱帯 低気圧の
予測 を強化 するとともに、 10の雨季対策( 今年 5月発行の前回弊社記事参照 )のすべてを実施し始め て
います 。
8 9月 の モンスーンの谷 の接近に伴い、 Chao Phraya川流域の降雨量 が 平年より 20 程度 多くなると
予想されて いますが、 特に下流域では、関連する河川や運河の流量 および 水位 の急激な増加の可能性 が
懸念され て います。 降雨 量の増加 は Chao Phraya水系下流周辺の 史跡、工業団地、農業地域 の経済活動 に
影響を及ぼす可能性があり 、 ONWR は 状況の監視と管理を 強化 しています。
Chao Phraya川流域の 河川流量の 監視地点は、 Sukhothaiの Y.4観測点 、 Nakhonsawanの C.2観測点 、
Chao Phraya Dam の C.13観測点 、 Ayutthayaの C29A観測点 の 4か所に指定されています。
タイ工業団地公社( IAET: Industrial Estate Authority of Thailand は 工業団地の 洪水防御 対策 や 対応計画
として、 インフラの改善、排水システムの改善、暫定的な集水域の配置、緊急洪水対策訓練の観点から積
極的な 防災対応 を計画し、 管轄下の工業団地の 操業 持続および 被害軽減 に努めて います。 加えて 24時間
の状況監視 を 環境監視管理センターが担当しています。 タイ国内の 工業団地は IEATが完全に管理する 15の工業団地と、民間セクター と 共同管理する 53の工業団地の 主に 2つのグループに分かれて おり、 IEATは 特に前者 のグループに 防災対応を強化してい ます。
また、 IEATは洪水対策の アップデートにも近年注力しています 。 水位などの 状況をリアルタイムで監
視・分析し、コミュニティへの排水量を削減し、代わりに主に海につながる運河に排水するとともに、土
堤防の弱点を 補う ことができるスマート な 水管理 システムおよび 監視制御・データ収集( SCADA: Supervisory Control and Data Acquisition システムが、付加的な排水システムとして 2023年 に Bangpoo工
業団地に 導入されました。この SCADAシステムは 全て の工業団地 への 設置 が求められていますが 、予算
の関係上、現時点では リスク が顕在化している 工業団地が最初 の 設置対象と なって ます 。
Bhumibolおよび Sirikitダムの貯水量は年初から減少傾向にあ りま したが、 8月に入って増加に転じてい
ます。 Bhumibolダムの貯水量は 依然として Lower Rule Curve(これを下回るとダム放流量が制限される境
界水位基準値)よりも 若干 低い状況 となっていますが、これは大雨に備えて政府が放流量をコントロール
して最低限の貯水率に保っていることを意味している可能性があります。 Sirikitダムについては急な貯水
率の増加が継続しており、 2011年の水位よりは低いものの、 2022年より高い水位となっています。
Kwae Noiおよび Pa Sakの両 ダムの貯水量は 7月末から急激に増加しています。 2022年および 2011年
の水位よりは低く推移していますが、 Pa Sakダム の貯水量は 2011年の水位に近づきつつある状況です。
両貯水池とも過去の傾向では 9月から 10月にかけて貯水量が大きく増加しているため、雨季の終盤にか
けて更なる貯水率の増加が想定されます 。
Chao Phraya 水系の上流域( Chao Phraya ダムより北側)における河川流下状況
Ping川、 Wang 川、 Yom川、 Nan川 の うち、 Yom川上流部 の一部は Criticalレベル となっており、 多い
流量となっています。その他のエリアにおいては洪水が懸念される状況ではありません 。
Chao Phraya 水系の下流域( Chao Phraya ダムより南側)における河川流下状況
Chao Phraya川下流 につき、 目立った変化は 見られず、 洪水が 懸念される状況は 特に発生してい ません。
東部地域(Chonburi )の主要貯水池の状況
Chonburi県 の主要貯水池 は 、雨季開始以降は雨量増加により 貯水量の 増加傾向が継続しています。 Bang Phraの 貯水レベル は 2015年、 2023年 の同時期 を上回 っていますが 、 Nong Kho の貯水量は 2020年以降で
最も低いレベルで推移しています。両貯水池とも過去の傾向では 9月から 10月にかけて貯水量が大きく
増加しているため、雨季の終盤にかけて更なる貯水率の増加が想定されます 。
東部地域(Rayong )の主要貯水池の状況
Rayong県 の主要貯水池 の 貯水レベル は 5月中旬頃まで減少傾向が続き 2021年以降で最も低いレベル
で推移していましたが、 雨季開始以降は雨量増加により貯水量の増加傾向が継続しています。 Nong Pla Lai は 2023年と同様の貯水レベルでの推移が進んでおり、 Dok Kraiは2021年および2023年を上回る貯水レベルでの推移が進んでいます。過去の傾向 から 9月から 10月にかけて更なる貯水率の増加が想定さ
れます。
洪水発生状況(7 月後半~ 8 月前半)
既に国内では 30以上の県で洪水が報告されており、 8月初旬には、 東部 の一部の地域 Prachinburi, Nakhon Nayok Chantaburi, Tratなど において多くの箇所で 洪水が発生しています。 このうち、メディアで
大きく報道されたのは、 Khao Yai国立公園からの flash flood 鉄砲水 による洪水被害です 。その後、 8月
4日の夜に住宅地と商業地域(ダムの後ろにあるリゾート エリア )に 洪水被害 が発生したため、 Nakhon Nayok県 Muang郡の洪水状況が 大きく報道 されま した 。 flash floodの原因は 当初 Khundan Prakarnchon貯
水池からの過剰な放水 と推定されましたが、 その後、当局 が 水門の破損 が洪水の原因 であったことを認め
ました。さらに、 Nakhon Nayok県の北部で大雨が降り、主要水路の水が Ong Karak郡に流れ込 んだこと
で 住宅地やいくつかの農業地帯 においても 洪水が発生しました。状況を緩和するため、海軍は 要請により
Ong Karak郡に 30隻の放水艇を配備し、 雨水のタイランド 湾 側への送水を対応しています 。
下図に、 タイ地理情報・宇宙技術開発機関 GISTDA : GEO-INFORMATICS AND SPACE TECHNOLOGY DEVELOPMENT AGENCY)が公表した 2024年 8月 1日時点の東部 Prachinburi, Chantaburi, Tratなど
および 北東部 Nakhon Ratchasimaなど 地域付近 の洪水被害地図を示します。 被害エリア が 広かった
Prachinburiなど の 主要 工業団地 においては 8月 20日時点で 洪水 発生 の報告は 確認されていません 。
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